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海風が吹き寄せる 懐かしい心の色 長洲町


長洲町からは、リュウキンやランチュウ、ジャンボシシガシラなどさまざまな品種の金魚が出荷されています
 
「声で涼しさを感じさせるのがプロ」と18歳から“ふれ売り”を始めた浦島さん。『金魚の館』に設置された浦島さんの等身大パネルで姿と声に接することができます

暁に旅立つ〝ガンガン部隊〟が 西へ東へ金魚を届けた
 
『金魚と鯉の郷広場』には、子ども連れに好評の大型遊具を備えたはらっぱ広場も。
一角の『金魚の館』には楽しい展示や情報がそろい、喫茶コーナーや売店もあります


年間約10万匹の金魚を育てる中島秀雄さん
 
中島さんの養魚場。ゴイサギなどから守るために覆いをしたり、専用の井戸を掘ったりして、愛情いっぱいに育てられています


中島養魚場でメダカの仕分けに忙しい荒木晴美さん(76)
 
海岸近くを広々とした道路が走る長洲町。両サイドの並木は、モチノキでしょうか。冬の日に映えるたたずまいです


 有明海を望む長洲町。沿岸部には江戸時代初期から行われた大規模な干拓による広々とした埋立地が広がり、そこを走る道路もゆったりとした道幅です。
 海岸近くにある『金魚と鯉の郷(さと)広場』に、小春日和の柔らかな日差しが注ぎます。鯉が泳ぐ池の上には小さな太鼓橋。と、そのたもとから、前掛けに法被(はっぴ)、足には脚絆(きゃはん)といういでたちの金魚売りさんが登場しました。「きんぎょぇ~、きぃ~んぎょぉぉ~」と自慢の売り声を発するのは、現在日本でただ一人の”金魚ふれ売り師”の浦島義弘さん(78)。「150m先まで届く売り声」に招かれ、その周りにはたちまち人の輪ができました。
 長洲での金魚養殖は少なくとも江戸時代初期に始まったとみられ、「最盛期には約千人近くの“金魚売りさん”がいました」と浦島さん。
 「当時、長洲駅を早朝にたつ汽車の中は金魚売りだらけ(笑)。金魚はブリキのガンガン(缶)に入れとったので、“ガンガン部隊”と呼ばれとりました」と浦島さん。金魚売りがひしめく列車の中は、さぞやにぎやかだったことでしょう。
 「(金魚が)売れる、売れんは声しだい」と胸を張る浦島さん。ある炭鉱町へ出掛けた際、「にいちゃん、よか声ばしとんな~。その声で炭坑節ば歌うてくれるなら、もう2匹余計に買(こ)うてもよかよ~」とリクエストが。そこですかさず、「月が~出た出たァ~」と披露したところ、2匹といわず、売れに売れたそうです。「炭鉱町は上得意さんでしたなぁ~」と懐かしむ浦島さん。夢のように美しい金魚は、厳しい環境で働く炭鉱(ヤマ)の男たちに一服のやすらぎを与えていたのかもしれません。
 13人が所属する「長洲町養魚組合」(松井一也組合長)で、長年組合長を務めたのが中島秀雄さん(86)。金魚に加えてメダカ養殖も盛んで、光る“ホタルメダカ”など希少品種は高値になり、「中には1匹5万円の値がついた品種も」と中島さん。メダカの空輸も盛んで、“空駆けるメダカ”は全国に送られます。


問い合わせ
■金魚と鯉の郷広場・金魚の館
玉名郡長洲町長洲3150 TEL.0968(78)3866
開園・開館/9時~17時 休/12月28日~1月3日
※入場・入館は無料
 
>> 2 男は、いさましく 女は、たおやかに
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.66(2012.12.15)掲載
東に小岱山、西には有明海越しに雲仙を望み、フェリーが行き交う有明海からは、豊かな海の恵がもたらされる長洲町(玉名郡)。造船業や金魚の名産地としても名高い町を、温かいふれあいを探して巡ってみました。

文=松田有美(2~4ページ)、福永和子(5ページ) 
写真=森賢一(グラフ)
表紙=長洲港フェリーターミナルからのながめ



海風が吹き寄せる 懐かしい心の色 長洲町
暁に旅立つ〝ガンガン部隊〟が 西へ東へ金魚を届けた
男は、いさましく 女は、たおやかに
海と山の恵みに花開く 長洲の“うまいもの”
海辺の町の名物 温かいご縁に恵まれて

くまにちコム


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