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歴史が息づく豊かな大地 菊陽町

見事な生垣が連なる鉄砲小路の家並みは、熊本県が選定する優れた歴史史跡“くまもと歴町50”に申請中です


武家屋敷が点在する鉄砲小路で 季節を映す緑の生垣

鉄砲衆の子孫の一人、鳥栖家に代々伝わる馬上槍と鉄砲、陣笠
 
火縄式の銃は、手に持つと重量感があります

持ち手の近くにある、火縄の仕掛け部分


鉄砲小路区長の秋山茂治さん(74)のお宅で明治20年代に愛用されていた五つ玉のそろばん。裏には筆書きの署名があり、当時の住所表記に時代を感じます
 
鉄砲小路の秋山茂治さんのお宅には、日本刀の刃先をそのまま生かした珍しい包丁が残っています


鉄砲小路の松岡家にある風格漂う白塗りの蔵
 
鉄砲小路の大久保家には江戸時代に建てられたと伝わる蔵が今も残ります


 秋の澄んだ日ざしが、見通せる限り長く続く生垣を照らします。ここは、菊陽町北部にある“鉄砲小路”。江戸時代初めの寛永12(1635)年、肥後藩主細川忠利公によってこの地に配置された約90戸(現存は約80戸)の“鉄砲衆”の住まいが、東西約3.6kmにもわたって整然と建ち並ぶ地区です。
 美しく剪定(せんてい)された生垣は見事。樹木はマキやツゲなど家ごとに異なり、中でもツヤツヤとした濃い緑を見せるのは、サザンカの生垣。風景に色が少なくなる冬には、赤や白の可憐な花が目を楽しませてくれることでしょう。
 「昔はお茶の樹の生垣もあったとですよ」と教えてくれたのは、池田ミス子さん(79)。今もこの地に暮らす鉄砲衆の子孫の一人です。池田さんに、先祖から継承した武具が残っているお宅が近くにあると聞いてうかがいました。
 見せてもらったのは、長さ38cmもの長槍。「これは“馬上槍”といって、騎乗した際、脇に抱えた槍と伝わっています」と所有者の鳥栖健児さん(62)が説明してくれました。細い木製の柄とその先に付いた金属性の刃(やいば)はシャープな形状で、古色蒼然(こしょくそうぜん)としていながら、いかにも実戦の武器という迫力があります。
 鳥栖家には、槍とともに火縄銃も残っていました。鶴の首のように細長い銃身がすらりと伸びた姿は、無骨な飛び道具というより優美な古美術品のよう。鳥栖さんによると、肥後鉄砲鍛冶の作とか。
 「この近くの山には、鉄砲衆が撃ち方の練習をした場所もあったとですよ」と鳥栖さん。歳月とともに古びた火縄銃にも、かつてはたけだけしく火を噴き、主とともに戦場(いくさば)を目指したときがあったのです。
 陣笠も見せてもらいました。漆黒の塗りが施された表をひらりと返すと、裏は表の重厚さとは反対に、ハッと息をのむような緋色(ひいろ)。その黒と赤の対比の鮮やかさに、古(いにしえ)の武士の美意識を垣間見た気がしました。


>> 2 蔵やくぐり戸、石灯籠…武家の面影が今に伝わる
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.63(2012.11.3)掲載
熊本市近郊のニュータウンとして、年々人口増が続く菊池郡菊陽町。一方で、細川家に仕えた鉄砲衆の屋敷が続く「鉄砲小路(てっぽうこうじ)」や加藤清正の手による豊後街道の杉並木が残り、歴史を感じます。阿蘇外輪山を望む広々とした大地を抱く、この町の魅力を訪ね歩いてみました。

文=松田有美 
写真=森賢一・松永育美(グラフ) 
表紙=江戸時代の武家屋敷が残る菊陽町の鉄砲小路



歴史が息づく豊かな大地 菊陽町
武家屋敷が点在する鉄砲小路で 季節を映す緑の生垣
蔵やくぐり戸、石灯籠… 武家の面影が今に伝わる
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