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道草が楽しい 温泉街の路地裏巡り 日奈久

旧薩摩街道沿いに立つ『村津家住宅』のなまこ壁。少し離れてみると、水玉模様のようにも見えます


なまこ壁、木造三階建ての旅館 かつてのにぎわいを語り継ぐ

ピカピカに磨き上げられたガラス戸とベゴニアの花が印象的な『新湯旅館』の玄関。大正14年(1925)創業の木造旅館です
 
温泉街から国道3号を渡り、海岸線に出ると、小さな港がありました。南九州自動車道の高架橋が伸びています


日奈久の裏路地は、車1台が通るほどの道幅。手前は『八代屋』
 
明治43年(1910)創業の『金波楼』。木造3階建ての温泉旅館は、国登録有形文化財

 
恵比須様、目の神様、手足の神様など、辻々にまつられる神様たち。路地歩きは福の神めぐりにもなっています


西南の役の時、薩軍の勢力下にあった日奈久を奪還するため、官軍兵が上陸した場所。その援護として艦砲射撃した銃弾跡が『八代屋』の2階の柱に残っています
 
花屋のご主人が店先で寄せ植え鉢を作っていると、どこからともなく猫がやって来て昼寝。町中に置かれるベンチを猫が占領。でも、追い払う人はいません
 
港近くの水産加工場。おこぼれをもらおうとのぞき込んでいるのは、まるまる太ったゴイサギ


 路地を歩いていると地元の方でしょうか、井戸端会議をする光景を目にします。すれ違うと気さくにあいさつをしてくれ、カメラを構えていると「どこから来なはったと?」と声をかけてくれます。多くの旅人を受け入れてきた温の里だからか、町に流れる空気がゆったりしているせいなのか、日奈久の人たちは誰もがおおらかであったかいのです。
 なまこ壁が続く一角があります。かつて庄屋だった『村津家住宅』です。文久2年(1862)に建てられた町屋は、母屋、北倉、西倉と、白壁土蔵の建物が重なり合って立つ重厚かつ豪壮な造り。現在も住まいとして使われているため邸内の見学はできませんが、かつての日奈久の繁栄ぶりを今に伝えています。
 また、明治・大正期の木造三階建て、二階建ての温泉旅館が現役で旅人をもてなし続けていることにも驚きます。風格ある『金波楼』、木枠の引き戸が懐かしい『新湯旅館』、西南戦争時の砲弾跡が残る元旅館の『八代屋』…。住宅が並ぶ路地に残る古い町屋に出合うと、過去の物語を語りかけてくるようで、ちょっとしたタイムトリップが楽しめます。


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※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.55(2012.7.7)掲載
開湯から600年余。かつては細川家の藩営温泉であったという古い歴史と由緒を持つ八代市の日奈久温泉。木造の旅館や土産物屋が建ち並ぶ路地には古き良き時代の面影が残っています。湯けむりの情緒にしばし日ごろのうさを忘れ、そぞろ歩きを楽しんできました。

文=廣木よしこ 写真=森賢一(グラフ)
表紙=昭和を感じさせる日奈久の温泉街(八代市日奈久中町)



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