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エメラルドグリーンから深い藍色へと色を変える牛深の海。
名所のハイヤ大橋のデザインを手がけたのは、パリのポンピドーセンターを設計した世界的にも有名な建築家のレンゾ・ピアノ氏
  南風の吹く日の 牛深日和

毎年4月、南風(ハエ)の吹くころになると、町はハイヤ祭りでにぎわいます。一糸乱れぬ保存会の人たちの踊りに心が沸きます。一般の人も参加できます
(昨年4月撮影)


南風がくれば牛深ハイヤ節が鳴り響く

早朝の牛深漁港にはたくさんのトンビが集まってきます。間近で見ると迫力があります
 
「えべっさん」と親しまれている恵比寿神社。ハイヤ大橋と通天橋の間に祭られており、初船出のときは恵比寿神社前の海に船から御神酒を捧げて出航するそうです


ハイヤ保存会『光彩会』会長の久野正江さん(右)と、歌い手の西岡信子さん
 
牛深のはいや節保存会のみなさんの舞台。ピッタリと息のあった踊りと囃子のステージは見事です
 
ハイヤ大橋と通天橋がクロスするたもとにあるハイヤ節の記念碑


 ピィーフューッ! ピィーフューッ! 空からかん高い声が聞こえたかと思うと、険しい顔と大きな羽根を広げてトンビが頭上を飛び回ります。
 牛深町(天草市)の朝の港には、漁の戦利品にあやかろうと数多くのトンビが低空を旋回します。すっかり春めく牛深は渡る風も生ぬるく、南風(ハエ)の吹く季節の到来です。

ヨイサァヨイサ
(ヨイサァヨイサ)
サッサヨイヨイッ
(サッサヨイヨイッ)
ハイヤーエー ハイヤハイヤで
今朝出した船はエー
(ヨイサァヨイサ)
何処の港に
サーマ入れたやらエー

 加世浦地区の波止場からハイヤ大橋を見上げ、海からの照り返しをまぶたに熱く感じていると、どこからともなく六調子の「牛深ハイヤ節」が潮風に乗って聞こえてきました。
 天然の入り江を抱く良港の牛深には、かつては諸国の帆船や多くの船がやって来ました。風待ちや時化(しけ)待ちで寄港した船乗りたちをもてなした歌と踊りが「牛深ハイヤ節」です。
 腕を右左に高く振り上げて南風を表し、腰を低く落として船をこぎ、網を引き、帆をあげるという振り付けには、海を愛する思いが表現されています。
 「牛深の女たちは小さかころからハイヤ節ば踊りよります。調子がすっかり体にしみついとるとです。月に1度〜2度ほど集まって稽古するんですが、どがん疲れとってもハイヤ節のことになるとみんな家ば飛び出していくとです(笑)」と話すのは、ハイヤ保存会『光彩会』の会長、久野正江さん(70)。
 踊りもさることながら、年季の入ったハイヤ節の名調子は耳に胸に響きます。「この町の女性にとってハイヤ節は生活の一部なんですよ」とベテランの歌い手、西岡信子さん。
 ハイヤ節の呼び名は南風(ハエ)がなまって「ハイヤ」になったそうです。全国に残る佐渡おけさやソーラン節、阿波踊りは牛深ハイヤ節がルーツと言われています。牛深港に立ち寄った船乗りたちが、北前船のルートなどで各港にハイヤ節を見よう見まねで伝えたことにあるようです。 
 やわらかな南風が吹き渡る春、牛深には高らかにハイヤ節が響き渡ります。「第41回牛深ハイヤ祭り」(4月20日【金】〜22日【日】)が予定されています。


>> 2 浜の女は強くて明るい/人情という濃密なオーラを放つ町
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.49(2012.4.7)掲載
天草下島の最南端、牛深町(天草市)。権現(ごんげん)山を貫く国道266号を下りはじめると、たくましい港町の気配が匂い立ってきます。きらめく藍色の波頭(なみがしら)が目にまぶしく、海を背にして咲く菜の花…そして山桜。ここには、はるばる訪ねてきたかいがあった、と思える出会いがありました。

文=福永和子 写真=森賢一(グラフ)
表紙=加世浦地区のせどわの風景



南風の吹く日の 牛深日和
南風がくれば牛深ハイヤ節が鳴り響く
浜の女は強くて明るい 人情という濃密なオーラを放つ町
「牛深の魚ば食べたら、よそんとは食べられんよ」
刺し身は甘くて、うまい!土産は牛深名物のバクダン

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