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懐かしい風と脈動を感じる町 松橋  
現在の松橋の商店街の通り。最盛期には松橋駅のそばから東へ約1.6kmにわたって店が並んでいました


昭和33年、天皇皇后両陛下がご訪問された際の松橋町のメーンストリートの様子(写真提供・西富徳夫さん)

街の日常と発展を支える松橋駅 レトロ気分漂う商店街

木造作りの懐かしいたたずまいのJR松橋駅
 
スーパー『マルゴストア』を経営していた中山明倫(あきのり)さん(72)と奥さんの瞳さん(65)。現在は衣料品店を営んでいます。瞳さんが手に持っているのは、店で扱っている“ボンデン弓”。男児誕生を祝う縁起物だそうです


商店街を案内してくれた宇城市商工会事務局長の相藤(あいとう)克秀さん(65)。「松橋商店街は、昔は駅に近い所から“本町”“栄町”“歌里(かざと)中央”“出町”“大野橋”の5地区に分かれていました。本町は呉服、栄町は農業関連など特色がありましたが、日用品は各地区内で揃い、各地区がまるで一つの“ショッピングセンター”のようでしたね」  
現在は電気屋さんである『向矢部屋』の永目美年子さん(78)。「かきいれ時には、仕入れた縄綯(なわな)い機などの農機具が、貨車いっぱいに積まれて松橋駅に着いたものです。農具なら大型機械から牛の鼻輪まで何でもそろい、『売ってないのは馬のしっぽぐらい』と先代がよく言っていました」



雑穀が並ぶ『柏木精米店』の店先。昭和の街角を思わせます
 
『柏木精米店』を親子で守る柏木亥一郎さん(80)と敏秀さん(53)
 
『柏木精米店』のバラ売り卵は新鮮さが売り


 ところどころかすれた白いペンキ塗りの木柱が並ぶホーム。宇城地区の駅がコンクリート造りに変わっていく中、数少ない木造駅舎のJR松橋駅。列車が発着するたびに行く人や迎える人が行き交い、「また来なっせよ」「ありがとうね、また会いにくるけん」と温かい言葉が聞かれます。松橋がベッドタウンとして発展する近年は、都市部への通勤・通学の拠点としての重要性も高まっています。
 駅前から東に延びる商店街沿いで見つけたのは、昔懐かしい雑穀や豆の量り売り。『柏木精米店』では、もちきびや粟(アワ)などを量り売りしています。雑穀を買った後、レジ近くに並べてあったバラ売り卵が近隣の農家産の新鮮卵と聞いて、思わず追加。新聞紙でくるりと包んでもらいました。昔懐しい買い物の光景が思い出されます。
 今は静かな商店街ですが、昭和32年まで大きな農機具商店だった『向矢部屋(むかいやべや)』の永目美年子(ながめ・みねこ)さん(78)は、「昭和35年ごろまで、盆暮れは、ここら一帯の農家からの買い物客が詰めかけて、前の通りは肩をすり合わせて歩かなならんごつ、にぎわったとですよ」と話します。
 また、この商店街の栄町地区では、まだ地方の町ではスーパーマーケットが珍しかった昭和 年、スーパー『マルゴストア』がオープンしています。松橋のスーパー第一号として大変な話題となり、開店時には1500人もの行列ができたとか。店主の奥さんの中山瞳さん(65)は、「あの頃は、私も売り場で砂糖の量り売りやらで大忙し。当時、ビニール袋の口を閉じる機械はなかったので、砂糖を詰めた後で袋の上端だけをろうそくの炎すれすれに当てて素早く横にすべらせ、熱で溶かして閉じとったと」と懐かしそうに語ってくれました。


問い合わせ
■柏木精米店
宇城市松橋町松橋999 
TEL.0964(32)0152
営/9時〜20時
休/第1日曜
>> 2 川筋にしのぶ松橋港 赤煉瓦の鉄橋や神様と仲良しの園児が遊ぶ神社
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.43(2012.1.7)掲載
熊本市のベッドタウンとして発展する松橋。国道3号をはずれ、街中を地元っ子気分で巡ってみれば、懐かしい風景やグルメなスポットなど、気になる場所がいっぱいです。

文=松田有美 
写真=森賢一、内村友造(グラフ)
表紙=不知火町の塩浜地区の堤防から眺めた日の出の風景



懐かしい風と脈動を感じる町 松橋
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個性派のパン屋がいっぱい 全店めぐって、食べた〜い
田んぼの中の農家風レストラン そば好きが通う穴場的な一軒

くまにちコム


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