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山の恵み多き 初冬の鹿北町  
原の井手の水源付近の岳間渓谷。これから4km先の原地区の水田を潤します
  明治初期の鹿北の風景を描いた絵。当時茶摘みのころになると、県内外からたくさんの茶摘み娘が働きに来ていました。仕事の中で生まれたのが「鹿北茶山唄」です

茶どころ岳間は紅茶発祥の地 5年の歳月かけ幻の味を 再現した「やまが復刻紅茶」

100年余りの時を経て再現した藤本製茶の“やまが復刻紅茶”。10パック入りは525円
 
無農薬有機栽培の茶葉を3年ほど熟成させた紅茶葉。色形良く、美しい茶葉です
 
『藤本製茶』の藤本邦夫さんと妻の美佐さん


茶生産農家の、右から松本千秋さん(42)、藤本祐一郎さん(57)、鬼塚睦夫さん(54)
 
適温でゆっくりといれられた岳間茶の香りは、旅のひとときに安らぎを与えてくれます


 鹿北町の岳間(たけま)地区を訪ねると、茶畑ではちょうど春の新芽を促すための剪定“整枝”が行われたばかりでした。美しく刈り取られた茶木は、波打つような曲線を描きます。切り開いた山の斜面に広がる茶畑からは、周囲の山々の稜線が、見下ろすように眺められ、絶景。深呼吸すると、心まで洗われるようです。
 今回、びっくりしたのは、岳間地区が紅茶製造の「日本発祥の地」と聞いたことです。岳間茶を使った紅茶を約100年ぶりに復活させたのが『藤本製茶』3代目の藤本邦夫さん(40)。
 明治8年(1875)、政府は国内初の紅茶伝習所を山鹿に設置、3年後に岳間に移転。世界的に輸出が見込めると国策として紅茶製造を始めました。しかし、うまくいかずに、緑茶製造に専念、紅茶製造は30年ほどで廃れてしまいました。
 藤本さんは、岳間茶の歴史を調べていくうちに「先人たちが海の向こうへ夢を抱き、苦労して生みだした紅茶を今に残したい」と思いがつのり、5年の歳月をかけて「やまが復刻紅茶」を商品化。平成21年から販売しています。無農薬有機栽培の茶葉を使用し、約3年の熟成期間を経て作られる紅茶は、渋みが少なく香り豊かな味です。
 近くには、約180年前に造られた水路「原の井手」があります。現在も、標高の高い山里で25ヘクタールの水田を潤しています。全長は4km、岩野川(菊池川水系)の上流にある岳間渓谷“金原の滝”が水源。当時、大勢の村人が総出で、夜の提灯(ちょうちん)の明かりを頼りに高低差を図って測量をしたそうです。谷を渡り尾根を越え、石のみで掘り進んでいった、人力だけの難工事でした。当時の村人の苦労には頭が下がります。



問い合わせ
■藤本製茶
山鹿市鹿北町多久1498の1
TEL.0968(32)2540
>> 2 急流の里は石橋の宝庫 名石工・勘五郎の橋は今も現役
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.41(2011.12.3)掲載
熊本の北の玄関口と呼ばれる山鹿市鹿北町。岳間茶で知られる山里です。秋祭りもひと段落した、のどかな町をぶらりと歩けば、そこには日本昔話に出てくるような風景が広がっていました。

文=北園佳代 写真=森賢一(グラフ)
表紙=岳間地区に広がる茶畑の景色



山の恵み多き 初冬の鹿北町
茶どころ岳間は紅茶発祥の地 5年の歳月かけ幻の味を 再現した「やまが復刻紅茶」
急流の里は石橋の宝庫 名石工・勘五郎の橋は今も現役
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