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錦繍に染まる子守唄の里晩秋の五木


豊かな自然に溶け込む 五木の新しい交流拠点

炭を入れるダツを搬出する母子。昭和30年代の写真(五木温泉 夢唄に展示)
 
築130年と推定されるかやぶき屋根の民家。中に入ると囲炉裏や農具類があり、当時の五木村の暮らしぶりがうかがえます


黒光りする梁(はり)が風格を感じさせます
 
五木の子守唄を伝承する案内人の淀川つるよさんは、五木村の今昔の語り部です


 九州自動車道・人吉インターを降り、国道445号を車で北上すること40分。屹立(きつりつ)した山々に抱かれた五木村。キツツキの鳴く声でしょうか、静かに紅葉が始まろうとする山里に透明感を放って響き渡ります。五木村というと、かつて車一台がやっと通るほどの曲がりくねった道を辿って訪れた記憶があります。今ではすっかり道が整備され、軽快なドライブを楽しみながら到着したのは『道の駅 子守唄の里五木』です。周辺には食事処、役場、学校、温泉施設が立ち並び、真新しいたたずまいながらも、のどかな情緒が漂っています。
 ここは川辺川ダムの水没予定地となった五木村中心地が、平成14年から16年ごろにかけて約100世帯が転居した頭地(とうじ)代替地区。新しい集落といえども、日本一美しい清流と賞賛される川辺川を見下ろし、四方にそびえる山々を望み、大自然に溶け込む暮らしは昔のままです。
 「五木村へようこそ。まずは五木の子守唄を聞いて、旅の疲れを癒やしてください」。五木村観光協会の島巻恵里さん(39)が、道の駅に隣接する『子守唄公園』にある大きなかやぶきの古民家に案内してくれました。明治10年ごろ建てられ、平成16年に旧集落の頭地から移築されたものです。
 ♪おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらんと♪ 案内人の淀川つるよさん(54)が正調・五木の子守歌を静かに歌いだします。哀愁を帯びたメロディー、胸を締めつける歌詞。切ない調べがかやぶき民家の中に響くと、何ともいいようのない寂寥(せきりょう)に包まれるのです。子守唄の起源は、100年以上さかのぼると言われています。
 「貧しい暮らしを支えるため、女の子は7〜8歳ぐらいから奉公に出されていました。まだ年端もいかない娘が、奉公先で故郷を思い両親を慕い、家に帰りたい一心から生まれた、いわば嘆きの歌なのです。奉公先で歌われていたこともありますが、地元ではほとんど歌われていませんでした」
 哀しさや貧しさを吐露(とろ)した“つぶやき(歌詞)”は、辛い過去の事象を思い起こさせるものでもあったのでしょう。昭和25年にNHKラジオで全国に紹介されたことで広く知れ渡り、それをきっかけに、わずかに子守唄を知る地元の高齢者の方が、正調節を聞かせてくれるようになったそうです。
 赤子を寝かしつけるゆるやかなテンポ、歌に込められた少女たちの感傷。口伝えに伝承されてきた五木の子守唄は、この村を全国に知らしめた大切な文化遺産となりました。


問い合わせ
■道の駅 子守唄の里五木
球磨郡五木村甲2672の53
TEL.0966(37)2301
営/8時〜18時(12月〜3月は〜17時)
休/なし
>> 2 山の恵み、 ホクホクの栗饅頭 紅葉を望む絶景の露天風呂
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.39(2011.11.5)掲載
全国に知れわたる「五木の子守唄」。深い山々に囲まれ、山の狭間を縫うように清き川辺川は流れます。子守唄の里五木村は、秋色にすっぽりと染まり、柔らかな日ざしに包まれていました。

文=北園佳代 写真=森賢一(グラフ) 
表紙=川辺川支流・五木小川沿いにある白滝鍾乳洞



錦繍に染まる子守唄の里晩秋の五木
豊かな自然に溶け込む 五木の新しい交流拠点
山の恵み、 ホクホクの栗饅頭 紅葉を望む絶景の露天風呂
黄金に輝く大イチョウ 絶景が広がる 天空の集落
秋の大滝、神秘の鍾乳洞 マイナスイオンたっぷりの 癒やしの森

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