生活情報紙「あれんじ」公式サイト

トップ最新号とバックナンバー読者プレゼント
誰もが心の故郷として 懐かしがるような町 「津奈木」

海に浮かぶ 旧赤崎小学校の 校舎にて

「ありがとう 赤崎小」。地域の人々の感謝の思いが込められた文字
 
調理室前の大きな丸窓。客船をイメージしたデザイン。窓の向こうは弁天島。潮が引くと歩いて渡ることができます


「緑と彫刻のあるまちづくり」をテーマにした津奈木町。町の数カ所に芸術的な彫刻が飾られています
 
「天草島 雲かはるかに きらら きらら かがやくは 不知火の海」。赤崎小学校の校歌です。この学舎(まなびや)を巣立った人たちに歌い継がれていくことでしょう
 
旧赤崎小学校出身の津奈木町振興課の松崎太志朗さん。黒板の前に立つと緊張するそうです


教室の向こうは海。子どもたちは、この海とともに育ちました
 
『海の子文庫』と名付けられた図書室。子どもたちが愛した本がいまだ残っています
 
音楽室に置かれていた足踏みオルガン。けん盤には音階の文字が張られています。一生懸命練習した姿が浮かびます


 夏の空の青と海の碧(あお)が溶け合い、その色にはさまれるように浮かぶ八代海の島々。海に映る島影、山の斜面に茂る果樹の緑。いくつもの「あお」が重なり、まるで鮮やかな織物のようです。津奈木町(芦北郡)の赤崎地区の山手から眺める風景はみずみずしく、人々の日常の営みを晴れやかに織り上げているかのようです。
 津奈木町は、豊かな八代海の幸と温暖な気候で育まれた果実や野菜の宝庫です。県道56号に分け入りゆっくりと行けば、巡り会う人、出合うものが心に懐かしく響いてくる、そんな町です。
 アートの町として知られる津奈木町には、『つなぎ美術館』をはじめ、町の中に現代彫刻の作品群を見ることができます。橋の欄干(らんかん)の美しい彫刻を眺めながら、目指したのは旧赤崎小学校です。
 「海に浮かぶ小学校」と呼ばれた旧赤崎小学校は、昭和 年(1976)に建設されました。三方を山に囲まれた狭い敷地を有効に使おうと、校舎を海の上にせり出すように建てられたのです。しかし、残念ながら昨春、耐震・耐久性を考慮され廃校となりました。
 窓のすぐそこに海が見える。潮騒の音が聞こえてくる。そんな楽園のような小学校がここにあったのです。校舎の丸窓や調理室前の大きな丸窓は、水族館を思い起こさせるユニークなものでした。実は「客船」の窓をイメージしたもので、子どもたちの想像力をふくらませた、なんと愛らしいしつらえだったのでしょうか。
 「休み時間は窓から釣り糸を垂らし魚釣りをしたりしましたよ。『ひゃっほー』と声を上げて海に飛び込んだ子などは数知れず。実は僕もその一人です(笑)」。旧赤崎小学校の卒業生で津奈木町役場振興課の松崎太志朗さん(19)は、校舎内を愛おしむように見つめていました。
 数席残っている机と椅子。黒板とチョーク、手洗い場に吊されたネットに入ったせっけん、足踏みオルガンのけん盤に張られた音階の文字、読み込まれた図書室の本…。そこにはまだ、多くの小さな手が触れてきた赤崎小学校の気配が残っています。
 「ありがとう 赤崎小」と校舎に掲げられた言葉。桟橋から、道路から、山の傾斜面に立つ家々からその文字が見届けられます。



問い合わせ
■旧赤崎小学校
問/津奈木町役場振興課 
芦北郡津奈木町小津奈木2123 
TEL.0966(78)3112
>> 2 平国と呼ばれる小さな集落の助け合いの精神
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.32(2011.7.16)掲載
芦北町と水俣市の間に位置する津奈木町。国道3号から県道56号へと分け入ってみれば、懐かしい匂いが満ちています。山と海。豊かな土地がもたらす恵みは、特産品だけにあらず。温暖な気候が育んだ「人情」という、何よりのごちそうがありました。

文=福永和子 写真=森賢一(グラフ) 
表紙=赤崎地区の高台から見た旧赤崎小学校



誰もが心の故郷として 懐かしがるような町 「津奈木」
1 海に浮かぶ 旧赤崎小学校の 校舎にて
2 平国と呼ばれる 小さな集落の 助け合いの精神
3 玉名を歩けば、 立ち寄らずにいられない 一期一会の楽しさがある

くまにちコム


このページのトップに戻る↑



掲載の記事、写真の無断複製・転載を禁じます
Copyright Kumamoto Nichinichi Shimbun