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自然も人もゆったりおおらか 湯島


定期船からでも一目で分かる「ユシマ」の文字。
この文字は1971年に、当時の湯島中3年生が卒業記念に制作したものとか

美しい海の中にぽっかり浮かぶ湯島 そこにあるのは、温かい人情と島の暮らし

「ひょっこりひょうたん島」のような湯島のマップ。港からすぐの場所に掲げられ、島の全体図がよく分かります
 
島民よりも多いというウワサのネコ。路地で、港で、いろんな所で出会います

山頂から降りる途中にある「諏訪神社」。天草・島原の乱の際、武器を製造するために使用した鍛冶水盤が残っています
家と家との間を縫うように走る路地。結構な急斜面で、ヒザが笑い出します   一輪車で荷物を運び終えたのでしょうか?おじさんの顔から、鼻歌が聞こえてきそうです



まるでアートのような、風になびくワカメのカーテン。1本1本、洗濯ばさみで留めてあり、手間暇掛かっています
 
左から、ふうまくん(5)、くれはちゃん(5)、よしみつくん(4)。車は来ないし、みんな顔なじみだし、安心して外で遊べる環境なんです


左は、天草・島原の乱以前に湯島で死亡したキリスト教徒の墓碑「切支丹墓碑」、右は肥前の有馬晴信の弟・純實の碑「涼泉院殿月江宗白居士塚」

屋外にイスとテーブルを置いた島の休憩スポット。ひなたぼっこしながらビールを飲むと、おいしいんでしょうね。散策途中にも使わせて欲しいくらいです


 大矢野町(上天草市)の江樋戸港(えびとこう)から定期船で結ばれる湯島。朝一番の船に乗り込み、青い海原を向かいます。押しすすむ海、白い波を蹴立てながら定期船は軽快に走ります。潮風が香り、カモメが上空で旋回しています。大矢野島が小さくなる頃には、心が日常から解き放たれていくのがわかります。
 湯島へは約30分の乗船。定期船が港につくと、運ばれてきた荷物を待つ人、積み込む人でにぎわいます。見渡すと南向きのわずか500メートル一帯の斜面に密集する家々。狭い島の道の移動手段はもっぱらバイクと自転車です。風になびくワカメ干しの風景。大きなアコウの木。どなたも気軽にあいさつをかわしてくれ、海風の心地よさも手伝って、島のリズムにすっかりと溶けていきます。
 港には人の数より多いと言われるネコがいます。1匹のネコが「エサをくれ!」とばかりに大声でどなるように鳴きます。「お前、そがん怒んなて」と漁港のおじさん。どうやら2人は友だちのようです。人もネコからも、湯島の和やかな温度が伝わります。
 かつて湯島は、天草・島原の乱の際に作戦を練ったことから“談合島”と呼ばれ、キリシタン墓地や武器製造のために使った鍛冶水盤などが残されています。
 人口およそ300人。民宿4軒、よろずや1軒、酒屋が1軒。コンビニもなければスーパーもありません。それでも島の人たちは不便だとは感じていません。
 「野菜も魚もとれるし、大矢野まで船で30分だもん。考えてみっと、人間なだいたい、どうでん必要なもんて、そがんはなかて」と大らかに笑うのが、島名物の『湯島大根』づくりの名人、渡辺一市さん(79)。今回の旅の目的のひとつが、湯島で採れる特産物を訪ねることです。
  >> 2 湯島大根名人と島の期待の若者
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol.28(2011.5.21)掲載
大矢野本島と島原との間にポッカリ浮かぶ上天草市湯島。周囲約4キロメートル、歩いても1時間30分で島内を一周できる小さな島です。天草・島原の乱ゆかりのスポットや湯島大根の生産者を訪ね、ゆったりした空気が流れる離島の暮らしに触れてきました。

文=廣木よしこ 写真=森賢一(グラフ)
表紙=湯島の住宅密集地区から望む天草の海



自然も人も ゆったりおおらか 湯島
1:温かい人情と 島の暮らし
2:湯島大根名人と 島の期待の若者
3:おおらかな子どもたちの 笑顔と瞳

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