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第二竪坑櫓とれんが造りの巻き揚げ機室。レンガの赤と窓枠のグリーンのコントラストが美しく、日本の近代化を支えてきた誇りが息づいているかのようです


東洋一の高さを誇った“男たちの夢の跡”万田坑

第一竪坑の基礎にはツタが張り歳月を感じさせます。目を閉じ耳を澄ますと炭坑マンたちのかけ声が聞こえてきそう
 
第二竪坑櫓の中にある、つるべ式のゲージを降ろすための運転室。ここから264m下まで約1分で到着します
 
坑内へ降りる前に、作業員たちが必ず安全祈願を行っていた山ノ神



隣接する資料館・万田坑ステーションにある、昭和14年の万田坑を140分の1のスケールで再現したジオラマ
 
炭坑マンたちの命をあずかった巻き揚げ機とワイヤー。100年のときを経た今も現役で使えそうに見えます
 
ケージで坑内に降ろされる炭坑マンたち。5〜6人のグループで作業を行い、誰が掘ったか分かるように炭券が付けられたため、プライドをかけて作業を行っていたそうです


 塀の向こうにたたずむ赤レンガの建物。その向こうに見える、鉄製の竪坑櫓(たてこうやぐら)。仕事を全うした、といわんばかりにその姿を今に残す万田坑。明治から昭和にかけての約100年間、日本の近代化を牽引(けんいん)してきた三井三池炭坑の一つで、国内最大規模の竪坑(たてこう)でした。今年4月に改修工事を終え、一般公開がスタートしました。
 当時の面影が残る施設内を見て回ると、過酷を極めた炭坑作業員たちの苦労がうかがい知れます。第二竪坑櫓跡には、作業員たちを264m下の地底まで運んだケージが残されています。坑口は安全のために埋め立てられていますが、かつてはこの深くて暗い竪坑を深く下り、採炭の作業が行われていたかと思うと、まさに命がけの仕事だったのだとあらためて思い知らされます。
 日本最大の大きさを誇った第一竪坑跡は、現在立ち入り禁止ですが、特別に見せてもらいました。厳重に網が張られた坑口から下をのぞくとその深さに思わず腰がひけます。
 そんな炭坑マンたちの命綱だったのがエレベーターの巻き揚げ機。赤レンガで組まれたモダンな建物の中には、直径2メートルはあろうかと思われる大きな巻き揚げ機がどっしりと座っています。この頑丈なワイヤーに多くの命が委ねられていたのです。
 作業員が仕事に向かう前に安全祈願を行っていた「山ノ神」を祀った祠(ほこら)もありました。
 万田坑が奇跡的にその姿の一部をとどめることができたのは、平成9年まで坑内管理が行われていたからだそうです。
 万田坑に隣接する資料館・万田坑ステーションには当時を再現したジオラマが展示されています。竪坑、煙突、さまざまな施設の他に鉄道も通っていたのだと知ることができます。じっくりと眺めると、激動の時代を生きた人たちの情熱や物語が匂い立つようです。
 万田坑は、平成10年に国の重要文化財に指定され、翌々年には炭坑施設としては国内初、国史跡にも指定されています。


問い合わせ
■万田坑
荒尾市原万田200の2
Tel.0968(57)9155(万田坑ステーション)
営/9時半〜17時
休/月曜(祝日の場合は翌日)
料金/小・中学生200円、高校生300円、大人400円
  >> 2 アジアの未来像を描き駆け抜けた革命一家、宮崎兄弟
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅
Vol16.(2010.11.20)掲載
明治、大正、昭和にわたり日本の近代化に大きな役割を果たした炭坑・万田坑。そして中国の革命家・孫文を支え、辛亥革命を成功に導いた影の立役者・宮崎兄弟。日本男児としての誇りを持ち、激動の明治期を生きた彼らからのメッセージを探して、荒尾を歩いてみました。

文=東上真弓 写真=森 賢一(グラフ) 
表紙ロケ地=万田坑



激動の時代を生きた 人たちの誇りに触れて 荒尾
1:東洋一の高さを誇った“男たちの夢の跡”万田坑
2:アジアの未来像を描き駆け抜けた 革命一家、宮崎兄弟
3:人情と誇りと遊び心が息づく荒尾グルメを存分に

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