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放水は水路管の掃除のためのもの。名物となっている観光放水は橋の保全と水路の水量確保のため、今年の4月より原則一日1回となっています。詳しいお問い合わせは通潤橋史料館 (0967-72-3360)
  足どり軽やかに美味しい一日 光の森グルメ散策


山都町のシンボル 通潤橋 先人の知恵が潤す 白糸台地の美しき棚田

白糸台地の通潤水路は、建設、費用、運営、管理まで全て地域で行ったという希少性から、歴史的価値も高く、その水路によって潤う美しい棚田の風景は今年の2月国の重要文化的景観に選定されました
 
放水の瞬間を真下で待ち受けるのも、中々の見ものです


白糸台地は、周囲に4本の川が流れ、深く険しい渓谷に囲まれた東西約2㎞、南北約4㎞の台地。川面から台地までの高さが30〜140もあるため、水路が通るまでは豊富な川の水に囲まれながらも村人は利用することができなかったそう
 
白糸台地の対岸側の橋の際にある水の取り入れ口。ここから橋を通る3本の石管に分けて水を通します


 碧天(へきてん)に架かる石橋を仰ぎ、その瞬間をじっと待ちます。放水口をふさぐ木栓(もくせん)が石頭(せっとう)で叩き抜かれた瞬間、ため込んだ水の力は一気に吐き出され、水が一本の柱となって大きな放物線を描きながら勢いよく落ちてきます。無数の水玉が弾け散り、ドドドーッ! と水面の響きが足元まで振動する通潤橋の放水。実に豪快です。
 通潤橋は、飲料水にも事欠くほどの水不足で、苦しい生活を強いられていた白糸台地の8つの村に水を供給するために架けられた水路橋です。1854年矢部郷(現在の山都町)の惣庄屋だった布田保之助が中心となって築きました。155年余りたった今も、橋を通る3本の石管は立派に水を渡します。 通潤橋は1960年、日本最大級の石造りアーチ水路橋として国の重要文化財に指定されました。全国でも優秀とされた肥後の石工たちが、一つ一つ石を積み重ね築きあげた秀美な姿は、どこから見ても見事な意匠です。
 通潤橋から遊歩道を歩いて行くと、その先に幾重ものあぜの曲線が連なった、白糸台地の美しい棚田が広がります。少し色づき始めた野面(のづら)を渡る風は、かすかに稲穂の香りを運んで来るようです。
 通潤用水と白糸台地の棚田景観は、平成22年2月に国の重要文化的景観に指定されました。


>> 2 通潤橋より古い酒蔵 米どころの町 清酒は人と人を繋ぐ潤滑油
※各情報は掲載時のものです。料金や内容が変わっている場合もあります。
  あれんじ気まま旅 IN KUMAMOTO
Vol.12(2010.9.18)掲載
九州のほぼど真ん中に位置し、阿蘇外輪山の南すそ野に広がる山間の里「山都町」。夏の名残をとどめる青山は、これから日ごとに色づき目にも鮮やかな紅葉へと装いをかえていきます。澄んだ風が初秋の便りを運ぶ山都町をぶらりと旅してみました。

文=北園佳代 写真=森賢一(グラフ)
表紙=人形は清和文楽人形芝居「壺坂霊験記」のお里と沢市。奈良県壺坂寺の霊験を題材にした夫婦の心温まる物語



初秋の山里 水と風が渡る山都町へ
山都町のシンボル 通潤橋 先人の知恵が潤す 白糸台地の美しき棚田
通潤橋より古い酒蔵 米どころの町 清酒は人と人を繋ぐ 潤滑油
脈々と受け継がれてきた 農村芸能 年間10万人が訪れる 清和文楽館

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