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(2)町民の身の安全を考えた町長の判断 震災前より災害に強い町を目指して

(2)町民の身の安全を考えた町長の判断 震災前より災害に強い町を目指して

2018年2月3日
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被災後、高台に建設されたプレハブの益城町役場仮庁舎

仮庁舎の益城町役場で、町の復興に力を尽くしている西村博則町長(61)は、当時のことをこう振り返りました。

「前震の直後、自宅から車で役場に駆けつけようとして、道路がふさがれてしまった状況に『これは、ただ事ではない!』と背中が凍り付きました。道路に車を捨て、全力で役場へと走りました。すでに庁舎の機能は奪われており、そんな事態の中で、地震の恐怖におびえる町民の方々の身の安全をいかにして守るか、ただただ、それだけを考えました」

前震から一夜明け、町はパニック状態に陥っていました。役場庁舎前には人々が押し寄せ、町総合体育館にも無数の住民が避難。体育館のロビーや通路は人で埋め尽くされ、人々は1階のアリーナの開放を強く求めましたが、そこは前震の影響で天井板の一部が落下していました。

断続的な余震も続いており、西村町長は、「みなさんには申し訳ないが、アリーナを開けることはできない」と決断。その翌日の未明に起きた2度目の本震。前日に開放を求められたアリーナは、天井板や照明器具が床一面に無残に落下し、そこには地震の生々しい光景が広がっていました。町長のこの判断により多くの命が守られたのでした。

16日未明の本震直後の町総合体育館の様子。写真提供=益城町

地震が起きてから49日もの間、西村町長は自宅には戻らず、災害対策本部で指揮を執り続けたということです。

「4月だというのに、寒空の下で不安に震えていらしたみなさんの姿が、今も私の胸を締め付けます。あの状況にあっても『がんばってください』と励ましてくださった多くの声に涙が出ました。いまだ約2700世帯が仮設住宅の暮らしをやむなくされ、7000人を超える方々が自宅以外での生活を強いられています。一日も早く安心できる暮らしを取り戻し、震災前よりも災害に強い町にするために、国や県と一丸となって必死に復興を進めています」と西村町長は話します。

地域の人たちの心のよりどころである津森神宮

地震で被害を受けた木山川や秋津川の河川工事も進んでいます

全国から届いたエールのメッセージが町長室に飾られています

現在の益城町は、倒壊した建物の解体工事もほぼ終わり、あちこちに更地となった景色が広がっていますが、新しい家が建築されている光景も至るところで見られます。町では災害公営住宅の建設計画や、住宅再建の支援事業などの取り組みも進んでいます。

益城町役場(仮庁舎)